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自分の頭で考えた結果

これからも定期的に問題提起を兼ねて書いていこうと思います。よろしければ読者になってください。

サッカー日本代表でわかるTPPコメ問題

サッカーにおいて、GKは非常に重要なポジションです。優秀なGKは、一人で試合の勝敗を変えてしまうこともあります。世界を見渡すとドイツはGK大国で、優秀なGKをたくさん輩出していました。そう、自国のリーグだけでは雇いきれないほどに。

 

さてここは日本、GKは非常に重要なポジションですが、同時に言語の壁が厚いポジションでもありました。ただ点を取ればいいFWと違い、ディフェンスのまとめ役となるべきGKは、コミュニケーションが必要とされるため、多少個人の能力が低くても、日本人のGKが多く使われていました。

 

しかし転機が訪れます。言語の壁を取り払う、翻訳こんにゃくが開発されたのです。これにより、言語の壁に守られてきた日本人GKたちは、ドイツの優秀なGKたちとの争いに敗れ、JリーグのGKはほとんどドイツ人になってしまったのです。まぁ仕方ありませんよね、言語の壁の上にあぐらをかいて、競争から守られてきたのですから、努力不足の自業自得でしかありません。GKのレベルが上がったおかげで、Jリーグの試合のクオリティも上がり、サポーターも大満足です。

 

ところが2年後、ワールドカップ予選が始まると状況は一変します。日本代表の正GKの不在です。日本人GKは、ドイツ人GKに追いやられ、J2で試合に出るのが精いっぱいで、以前よりもレベルが下がってしまいました。世界の強豪国と対戦すると力の差は歴然で、日本人GKを育成しようという機運が高まります。しかし、子供たちはスターのいないGKになりたがりはせず、レベルは下がるばかり。未来永劫、日本代表は正GKの不在に悩まされ続けるのでした。

 

まぁ、必要なものは海外から買えばいい、が通じない分野もあるってことですね。競争にさらせばいいってものではなくて、必要だけど弱い部分ってのは国をあげてみんなで協力して鍛えていかないといけない。過保護がよくないのはもちろんだけど、基礎体力付ける前に競争のど真ん中にぶち込んでも、スラムダンクの矢沢みたいになっちゃいますよっと。

今すぐランニングをやめてタバコを吸ってくれ

最近は喫煙者はどんどん減り、ランニングがブームだという。

たばこは自分が食事をしているときに吸われると非常に不愉快だし、コミケ帰りの電車の異臭と同レベルにくさいものであるので、自分の周りから喫煙者が減るのは喜ばしいことではあるのだが、実は日本にとって非常に良くないことだ。

 

仮定として、喫煙者は肺ガンになる確率が高いとしよう。ここについての議論は他に任せる。

その仮定の上で喫煙者がいなくなると、まず医療費はどうなるだろうか。

一見すると肺ガンが減ったぶんだけ医療費も減りそうだが、それは健康に自然死した場合だけだ。

肺ガンにならなかった代わりに10年後に胃ガンになりました、だと医療費は変わらない。

10年先送りされるだけだ。

人は必ず死ぬが、医療費がかからない形での死については研究が遅れているように思える。

国民一人が一生のうちにかける医療費を、減らしていく方向にはならないものか。

 

介護はどうなるだろうか。

肺ガンで70歳で死ぬはずだった人が80歳で胃ガンで死ぬようになると、伸びた10年は介護を必要としていてもおかしくない10年だ。

つまり、介護負担は増えることになる。

タバコをやめて健康になったせいで、社会は10年分の介護負担を強いられるのだ。

 

次にランニングの話をしよう。

ランニングをすると病気に対しては健康になるが、腰やヒザを痛めやすいので、より早く介護が必要になる。

病気に対して健康になるとはいえ、寿命は延びるものの結局最後はガンで死ぬとなると、医療費は減らない。

するとランニングは、医療費そのままに介護負担を増やす行為と言える。

10年早く介護が必要になり、寿命が10年伸びたりしたら、ランニングによって介護負担は20年分伸びることになる。

 

伸ばすべきは介護を必要としない健康寿命であり、いたずらに介護寿命だけを伸ばすのは社会負担を増やすことにつながる。

健康寿命=寿命、つまり自分の足で生きていけなくなった時点で病気で死んでしまう社会というのが、介護負担的には一番楽な形で、なるべくこれに近づけていくのが日本の目指す社会だ。

ひとりひとりが自分の目先の健康だけを追い求めた結果、社会全体としては介護負担が増えるという合成の誤謬が起こっている。

 

頼むから、ランニングなんてしないでタバコを吸ってくれ。

タレント議員はアリだが、山本太郎はダメだろ・・・

以前、僕は「タレント議員が必要な理由」という記事を書いたが、それはあくまでもチームとしての政治家を考えたときに、フロントに立つのはタレント議員でも構わないという意味だった。選挙には勝てるけど何もできないタレント議員を、他のメンバーが必死に支えるという構図だ。

 

しかし山本太郎はダメだ。わざわざ僕が例を出すまでもなく、あまりにも稚拙な行動の数々、彼は裸の王様だ。彼をサポートしているのは、私利私欲のために彼を利用とする人たちだけ。それはチームとしての政治家には程遠い。もう一度ワンピースに例えさせてもらうならば、サンジもナミもいないルフィのワンマンチームが、行き当たりばったりに大暴れしている状況だろう。

 

プロ野球界をにぎわせている加藤良三氏もそうだが、行動力のある無能というのは実にたちが悪い。山本太郎があまりにも根拠に乏しい話を持ち出すたびに、それを論理的に否定しなければならないという無駄な手間が発生する。とんでもないバカが混じってしまうと、まともな議論にならないのだ。言ってみれば彼はオオカミ少年である。

 

渡辺美樹が当選したって、彼が日本に与えることのできる影響なんてたかが知れている。でも山本太郎は、それよりもっと大きな混乱をもたらすことができる。Facebookで選挙行きましたアピールしている連中は気味が悪いが、誰に投票するにしても、投票に行かないよりはいいと思っていた。考えを改めなくてはならないかもしれない。

ATMの手数料に文句言ってるヤツ

カード1枚で全国いつでもどこでもお金をおろせるインフラを使わせてもらっておいて、何を勘違いしたらたった100円の手数料がぼったくりだとか思えるんだろうか。

 

そもそも、大した金額を預金してるわけでもない一般市民なんて、銀行からしたら利益を生まない客だろう。セブン銀行のビジネスモデルが少し話題になったが、利益率が高いから話題になっているだけで、金額自体は大きくない。
そんな二束三文の客に質の高いサービスを提供している暇があったら、もっと利益になる上客を手厚く相手するのが当然だ。

 

端的に言ってしまえば、銀行は貧乏人を相手にしている暇はないのだ。
銀行の営業時間に文句を言ってるヤツもいるが同じだ。
そもそもあなた方は、銀行にとって大切な客ではない。
これから上客になる可能性があるから、投資として相手しているだけだ。
悔しかったら、金持ちになればいい。きっと銀行は笑顔であなたを迎えるだろう。

 

電車の遅延に対する文句もそうだが、たいていの文句は、その事業がどう成り立っているかを考えていない。
ただ目の前の状況が気に食わないから愚痴を言っているだけだ。
インフラは、神が人間に与えているのではなく、人間が運営しているものだ。
文句を言うなら、もっとお金を払えばいい。
たいていのことはそれで解決できるのだから。

 

※ちなみに、役所は別だ。
彼らは税金を使って市民サービスをしているわけで、ちょっとした用事で午前休を取らなければいけないような営業時間設定は、怠慢以外の何物でもない。
大して税金を納めていない一般市民だからと軽視するのは許されない。

タレント議員が必要な理由

渡辺美樹以前より、ちょっとテレビで顔が売れているだけのタレント議員は非常に多い。そのたびに擁立した政党が叩かれ、国民がバカだからタレント候補がもてはやされるのだという論が出るが、それはちょっと違う。

 

そもそも、政治家本人にもっとも必要とされる能力、それは、票を集めることだ。政治家は個人戦ではなくチーム戦だ。政策を考えたり、実務を行ったりするのは、チームの他のメンバーがやればいいことだ。

 

政治家の意義は、投票してくれた人たちの人生を豊かにすることだが、残念なことに、当の有権者たちは、どんな政策が行われれば自分達の人生が豊かになるかわからないので、本来自分に有益な政策であっても、間違って反発してしまうことがある。また、長期的に有益だとわかっていても、短期的な判断で反発してしまうこともある。

 

ここで必要になるのが、盲目的に支持してくれる票田だ。これがないと、常に有権者の支持と政策の成功を両立させなければならなくなる。例えば20年計画で世直しを考えているのであれば、20年間、良い時も悪い時も支持されなくてはいけない。あまりに非現実的だ。そこでタレント議員である。

 

ルフィ「おれは頭が悪いんだコノヤロー!! しゃべりも下手だし!! 仕事もできねェし!!体力もねェ!! おれは助けてもらわねェと生きていけねェ自信がある!! 」

アーロン「そんなプライドもクソもねぇてめぇが一国の政治家の器か?てめェに一体何ができる!!! 」

ルフィ「選挙に勝てる!!! 」 

 

 

もし僕が本気でこの日本を政治の力で変えようとするなら、自分で立候補しようとは思わない。「この人なら選挙に勝てる」と思える人を担いだ方が絶対に近道だからだ。

 

橋下さんはすっかり選挙屋になってしまったが、当選した政治家が、次の選挙の準備にリソースを割かなければいけないような事態こそが最悪だ。彼本人の是非はともかくとして、彼には彼の代わりに選挙で勝ってくれる人を見つけて、自らは政治に専念してほしいし、そのためのツールがもしタレント議員なのであれば、大いに結構なのではないだろうか。

僕が電車で席を譲らない理由

友人が妊娠し、誰の目にも明らかなレベルでおなかも出ているのだが、どうやら予想していたほど席を譲ってもらえないらしい。若くて健康だし、立っているのがとてもつらいってほどではないらしいのだが、話したことを書いてみる。

 

まず、妊婦に気づかないケースだ。恥ずかしながら、僕は彼女と話をするまで、電車に妊婦がいるということをそれほど想定してこなかった。他人のお腹の大きさなんて普段あまり気にしておらず、爆乳ギャルには一瞬で気づくが、妊婦には気づかないのがむしろ一般的なんじゃないかと思う。

 

また、座っていると、立っているときよりもさらに他の客に興味がなくなる。寝るか読書かスマホかみたいな状態では、目の前に大きなお腹があってもそれは気づかない。

 

次に、そもそも僕は、座るためにがんばっている。他人を押し退けて空席を目指すのではなく、座りやすい駅に住み、比較的空いている電車を選んで乗っている。電車を1本見送ることもある。それを、なんの努力もせずにあとから乗ってきただけの人に譲るというのは、どうも癪にさわるのだ。

 

もちろん、気持ちと体力に余裕のあるときは、席が空いていたって座らないこともよくある。何が言いたいかと言うと、座っている人は、性格が悪いから座っているのではなく、座っている事情があるかもしれないということだ。

 

若いくせに座ってパズドラやってる大学生は、バイトでヘトヘトの苦学生かもしれないし、満員電車で化粧をしているOLも、毎日仕事でいびられているかもしれないのだ。

 

電車にはいろいろな背景を抱えた人が乗っており、しかもいちいち他人を観察する余裕なんてない。ただそれだけのことであり、マナーごときで人格否定して腹を立てるなんてそれこそ損だ。他人には期待せず、自分が譲ったときに自分がいい気分になれればそれでいいじゃないか。

ドヤ顔で「シンプルに考えようぜ」って言ってくるヤツ

最近、シンプルって言えば俺賢いみたいに思ってるヤツが多い。

 

まず、流行りのシンプルには2つある。「シンプルに考える」と、「シンプルに作る」だ。これらは等しく罪ではあるのだが全く別の概念なので、1つずつ説明していく。今回のテーマは「シンプルに考える」だ。

 

「シンプルに考える」は、たくさんの要素を同時に考慮しようとすると話が複雑になるので、影響の小さそうな要素を切り捨てて、影響の大きな少数の要素のみの簡単なモデルで考えようという発想だ。これだけ聞けば良さそうだが、大きな落とし穴がある。

 

例えば渡辺美樹の考え方は非常にシンプルだ。彼は自分の経験をもとに、24時間365日、必死にお客様のために働けばうまくいくし、結果が出せないヤツは切り捨てられて当然だと本気で思っている。そしてこれは実際に、ある側面から見れば正しい。彼にとっては、心の底から正義だ。

 

もちろん、大多数の庶民にはそうは映らない。みんなそんな頑丈じゃないし、たいてい勝者より敗者のほうが圧倒的に多い。でも渡辺美樹にとっては、それは切り捨てていい要素だった。影響の小さい要素だった。ここに罠がある。

 

誰だって、一度に考える要素の数は減らしたい。でも、減らす時にどの要素を残してどの要素を削ろうとするかは人によって全然違う。「シンプルに考えよう」って言い出す人は、自分が考えたくない要素を切り捨てようとしているだけのことがある。自分がどの要素を重要だと思っているかの、その判断を押し付けようとしているわけだ。

 

逆に自分から見て、「なんであいつは物事をシンプルに考えられないんだ」って思える相手には2パターンあって、1つはそいつが要素に優先順位を付けられないパターン。どの要素も重要に見えてしまうから、全部の要素を同時に考えようとしてしまうパターンで、これはある程度力量不足だから仕方ない。

 

そしてもう1つ、こっちの方が根が深いんだが、単に自分と相手でどの要素を重要だと思うかがズレている場合だ。自分はAとBの要素が重要だと思っているのに、相手がCの要素についてゴチャゴチャ言っている場合、どうしてあいつはシンプルに考えられないんだ、と感じてしまうことがある。でもそのCの要素は、相手にとっては切り捨てるなんてとんでもない、重要な要素だったりするわけだ。

 

お互いが自分の正義を基準にして、シンプルに考えようとしている。バカだからじゃなくて、シンプルに考えようとするからこそ、正義の基準が違う時に話が合わない。そんなとき、相手から見える自分は、渡辺美樹そのものかもしれない。

 

いろいろな要素を考えた上で取捨選択するのが正しいシンプルの使い方だ。シンプルは、早く結論を出すための近道ではない。むしろ洗練の先にあるゴールがシンプルなのだ。